中京大学 教養講座

高齢者の潜在力を見直す時。

 近年、交通事故の総数は減少していますが、高齢ドライバーによる事故は逆に増加しています。私たちの研究室では十数年前から、自治体や警察と共同で、この高齢ドライバーの問題に取り組んできました。具体的には、計測機材を載せた車で高齢ドライバーに教習所内を実際に運転してもらい、標識や信号などをどれだけ確認したか、その後どう対処したかなどを計測し、数値化していきました。
 その結果から明らかになった高齢ドライバーの2大特徴は、認知機能の衰えによる注意力低下と、反応時間の遅れによる操作ミス。そして、もう一つ顕著だったのが『過信』です。自分は大丈夫、自分は運転が上手いという思い込みが高齢になるほど強く、そうした事実を伝えても、ほとんどの方が否定されます。
 そこで私たちは、高齢ドライバー本人の運転状況を録画した映像を見てもらいました。すると今度は、多くの方ががっかりされてしまいました。しかし、なおもビデオを見ながら指導を続けると、ほとんどの方の運転が見違えるように改善されます。人間には、加齢による身体機能の低下を補い、より良い運転方法を獲得する能力が備わっているのです。免許証の返納を求めるだけが、高齢ドライバー問題の解決方法だとは思いません。高齢者がもつ能力を新しい視点で見直し、それを伸ばす仕組みをつくることが必要ではないでしょうか。

人間行動のすべてが心理学の対象。

 人間である限り、加齢による認知機能の低下や運動機能の衰えは避けようがありません。しかし、その「自覚」と「学習」によって、高齢者が仕事をうまくこなす新たな方法を獲得する能力をもつことは、高齢者によるパソコン操作実験などによっても確認されています。こうした事実は、交通領域のみならず、今後ますます高齢者の力を必要とする日本の未来に希望を与えるものと言えるでしょう。
 このように心理学は、人間行動に関わる多種多様な問題解決に関与しています。個人が抱える心の病だけが研究対象ではありません。社会生活を営む人間の心理や行動を対象とした研究は「応用心理学」と呼ばれています。私の研究室ではその中でも特に、産業と交通分野を対象とし、ドライバーの適性検査や交通事故の再発防止などに活用される交通心理学と、ヒューマンエラーの発生メカニズムを明らかにして作業現場での事故防止を目指す産業心理学を対象としています。

政治も経済も、動かしているのは人の心。

 大学で「心理学」を学ぶ意義は、「人間に対する温かな目」をもつことだと思います。心理学部を選択する学生が、人間に興味をもっていることは当然ですが、それを発展させ、科学的な視点から人間を理解できるようになることは大きな成果だと思います。それは、人間を単に生物学的に理解することではなく、また、哲学的・文学的に抽象化して見ることとも違い、生きた人間そのものを理解する力です。
 よく考えてみれば、政治も経済も、その根本で動かしているのは、そこに参加する一人ひとりの「心」。心理学の実験や研究では、そんな人間の心の弱い面も見えますし、逆に強い面も見えてきます。心理学を学べば学ぶほど、皆さんは人間の面白さに気づくでしょう。そんな人間に対する限りない好奇心と愛情をもった人間こそ、複雑化する現代社会の課題に温かな解決策を提示できるのではないでしょうか。

Profile

中京大学心理学部 教授 向井 希宏

1977年大阪大学人間科学部卒業。1985年大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程単位取得退学。関西女学院短期大学コミュニケーション学科勤務を経て、1997 年中京大学心理学部教授に就任。応用心理学分野の中でも特に「産業心理学」、「人間工学」、「交通心理学」を専門とする。人間の行動特性について、技能習熟過程や作業場面への適応という観点からの実験研究に加え、高年齢者の作業行動特性・運転能力特性の把握へと研究を展開。

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