中京大学 教養講座

心に引かれた限界線を越えて。

 野球やサッカーなどのチームスポーツだけでなく、陸上や水泳といった個人競技でも、オリンピックをはじめとする国際舞台で日本人選手たちの活躍が期待されています。
 かつて私が現役だった30年ほど前の水泳界では、身体の小さな日本人が大きな外国人選手に勝つことはないだろうと言われていました。しかし、今の水泳界では多くの選手たちが、メダルを獲ることを目標に戦っています。その間、日本人選手の体格はそれほど変化していません。つまり、身体が大きくなったのでなく、強くなったのです。その最大の要因は、北島康介選手らが活躍する姿を見せ続けたことで、世界を夢見る若い選手に「自分もできる」との確信を与えたこと。そこには、体型に応じた泳法や積み重ねた経験を活かしながら、第一線で競技を長く続けられるトレーニング法を開発してきたスポーツ科学の進化があります。
 体格や年齢など自らが引いた限界線を越え、さらなる高みへ、未だ見ぬ世界へと向けさせていく。スポーツ科学は、私たちの心から限界の文字を消す試みでもあるのです。

生きがいを育てる。

髙橋が27歳(当時最高齢)で挑んだソウル五輪

 年齢という限界については、例えばイチロー選手や山本昌選手が年齢を感じさせないプレーを続けているのを見て、それが当たり前のようになっていく。そのことが彼らの活躍する姿を見て育つ世代はもちろん、同世代の人たちをも勇気づけています。
 また、日本マスターズ水泳協会が主催する大会では、101歳で1,500メートルを泳ぐおばあちゃんが注目されたりしています。この大会には、4人で360歳以上というメドレーリレーのカテゴリーもあります。その参加者に話を聞くと、60代から始めたという人も多いのです。
 スポーツ科学は、アスリートのパフォーマンスの向上と同じ目線で、こうした高齢者の健康や生きがいを育み、その姿に励まされた人々が、自分なりの目標に向かって挑戦するという好循環を生みだす力を持っています。

髙橋が27歳(当時最高齢)で挑んだソウル五輪

人生にスポーツが必要な理由とは。

 長い人生の中でスポーツに関わっていくことの意味とは何でしょうか。もちろん健康を保つことは重要ですが、それがすべてではありません。それ以上に、目標をもつこと。その目標に向かって何をすべきか自ら考え、学び、実践すること。そしてどんな状況の中でも成長し続けていけることを、自らの肉体と頭脳を使って証明する行為――それがスポーツであり、それを科学で支え、発展させていこうとするのが、中京大学スポーツ科学部です。
 ここには、アスリートを支えるトレーナーやコーチはもちろん、スポーツを生きがいとする人たちの健康を支える指導者や専門家を目指す学生たちがいます。そして、人生のスタート地点に立つ子どもたちに教育を通して、身体を動かすことの楽しさやスポーツの面白さを伝えるという、とても重要な任務を担おうとする学生もいます。
 子どもから高齢者まで、それぞれの環境の中で昨日よりも今日を、そして明日を豊かにしようとする人たちの挑戦を支える人材を育成する、それこそが中京大学スポーツ科学部の使命です。

Profile

中京大学スポーツ科学部 学部長 髙橋 繁浩

1978年、高校2年の時にサンタクララ国際100M・200M平泳ぎでその年の世界最高をマークして優勝し、世界ランキング1位となる。1980年中京大学体育学部進学。1984年ロスオリンピック出場後に現役を引退し、中京大学大学院体育学研究科へ進学。1987年には現役復帰し、翌年のソウルオリンピックに当時の最高齢(27歳)で出場、200M平泳ぎで自己のもつ日本記録を10年ぶりに塗り替える。1990年より中京大学体育学部専任講師を勤め、1994年水泳部監督に就任。現在に至る。

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