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教員・ゼミ紹介

岡部 真由美

専攻分野 文化人類学、東南アジア地域研究
研究室 9号館4階
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学歴 総合研究大学院大学文化科学研究科単位取得満期退学、博士(文学)
所属学会・団体 日本文化人類学会、東南アジア学会、日本タイ学会
著書の紹介
  • 『「開発」を生きる仏教僧−タイにおける開発言説と実践実践の民族誌的研究−』風響社、2014年
  • "Beyond Localities: Community Development and Network Construction among the Buddhist Monks in Northern Thailand", in Pranee Liamputtong (ed.) Contemporary Socio-Cultural and Political Perspectives in Thailand, Dordrecht: Springer, pp.83-93, 2014
  • 「国際NGOによる上座部仏教のソーシャル・キャピタル化−北タイにおける僧侶のエイズケアとネットワーク形成を中心に−」櫻井義秀(編)『タイ上座仏教と社会的包摂−ソーシャル・キャピタルとしての宗教−』明石書店、pp.152-183、2013年
  • 「タイにおける開発の進展と僧侶による水平的なつながりの構築−「北タイ・コミュニティ開発僧ネットワーク」を事例として−」岸上伸啓(編)『みんぱく実践人類学シリーズ第7巻 開発と先住民』明石書店、pp.201-230、2009年
  • 「「社会のために」生きる僧侶たち−北タイ・チェンマイ県D寺のある僧侶を事例として−」『年報タイ研究』9:19-33、2008年
  • 「現代日本社会における仏教寺院の社会的活動−神宮寺の事例より−」『国際文化学』7:45-62、2002年

PROFILE

中京大学へは今春赴任したばかりです。生まれ、育ち、学び、そして仕事もずっと関西でした。そのため、授業中にはときどき関西弁が出ています。
大阪郊外のニュータウンで暮らす私は、幼い頃から僧侶と接点をもつ機会はお葬式や法事に限られていましたが、しばしば京都や奈良で寺めぐりを楽しんだりもしていました。そんな自分自身の宗教との関わり方に対して疑問を感じ、現代世界を生きる人びとにとって宗教とは何だろうと考えるようになったことが研究のきっかけです。
また、大学生の頃にはアジア各地(チベット、ネパール、中国、タイなど)へ出かけたり、関連する本を読んだりするなかで、次第に東南アジア大陸部を中心に広がる上座部仏教の独特の世界に魅せられるようになりました。

HOBBY

音楽鑑賞、卓球、散歩、山登り、ヨガ・瞑想。前の二つは過去。後の二つは未来。現在進行形は真ん中の「散歩」だけです。過去のものも未来のものも、ぼちぼち本腰を入れてやってみようかと思っているところです。

こんな科目を担当しています。

●宗教の人類学
●調査研究法
●演習Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ

宗教の人類学
今日の日本社会において、宗教はどこかネガティブなイメージで捉えられがちですが、宗教とは私たち人間にとって、これまでどのような意味をもち、またそれはどのように変化しつつあるのでしょうか?この授業では、文献や映像資料を用いて世界各地の事例を比較しながら、こうした問いへの答えを皆さんと探ります。その作業において、宗教人類学の基礎的な知識や、世界における宗教文化の個別性と普遍性を広く学びます。

調査研究法と演習Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ
調査研究法では、春学期は文献講読を、秋学期は合同調査(予定)などをおこない、身近な諸現象を出発点としながら文化人類学のものの見方やフィールドワークの方法を習得します。また、演習Ⅰ~Ⅲでは、調査研究法で培った視点と方法を用いて、ゼミ生各人が徹底したフィールドワークに基づく文化人類学の調査研究を追究します。したがって、調査研究法と演習Ⅰ~Ⅲは、ゼミ生各人の調査研究を駆動する両輪の役割を果たします。

こんなことを研究しています。

近代化・グローバル化が進行する現代世界における宗教を、とくに開発現象との関わりにおいて文化人類学の立場から研究をおこなっています。主な調査地は東南アジア大陸部の上座部仏教社会タイです。この10年間は、タイ北部最大の都市チェンマイ近郊部でのフィールドワークにもとづいて、上座部仏教の出家者である僧侶たちがなぜ積極的に世俗社会の開発に取り組むのかについて考えてきました。また現在は、タイ北部におけるミャンマーとの国境地域でのフィールドワークにもとづいて、僧侶による「開発」がいかにローカルな宗教実践を再構築していくのかを考えています。さらに今後は、現代日本社会における上座部仏教の展開についても調査研究をすすめる予定です。

こんなゼミをしています。

ゼミでは、ゼミ生が自分自身で問いを立て、身の周りのさまざまな現象のなかから関心のあるテーマを自由に設定しています。そのため、現在のゼミ生の研究テーマは実に多様です。たとえば、K-POP、獅子舞、よさこい、自然や動物と人との関わり、アーティスト、サッカー、アニメ聖地、宗教と地域コミュニティなど等。それぞれのテーマはバラバラですが、ゼミ生が各自の「フィールド」(現場)をもち、比較的長い時間をかけてフィールドワークを徹底的におこなう点では共通しています。ゼミ生は2回生から4回生までの段階的な学びをつうじて、自分にこそなしえるオリジナリティ溢れた研究とは何か、どうすればよりよい研究になるかを常に問いながら、個人発表と全員でのディスカッションを積み重ね、最終的には卒業論文を完成させます。したがって、ゼミ生には、自分から主体的に学ぼうとする積極性はもちろんのこと、他の人たちと互いに切磋琢磨し合う協調性をもつことも強く期待されます。
なお、普段は、基本的に学年毎に分かれたゼミをおこなっていますが、ゼミ合宿(秋学期予定)やその他の行事(新歓や追いコン)をおこない、学年を越えた交流をとおして学びを深める機会を設けています。

教員にききました。

文化人類学の面白さとは?

どんな学問にも共通することかもしれませんが、自分のもつ「当たり前さ」を問い直すことができる点にあると思います。とりわけ<異文化>を対象とする文化人類学においては、長期間にわたる綿密なフィールドワークにもとづいて、異なる文化的背景をもつ人びとの「当たり前さ」を深く見つめることが求められます。私は、タイにおける2年間のフィールドワーク中、自分でも知らぬ間に、麺類を食べる時には麺をレンゲの上に載せて音を立てずにそっと口へ運ぶ、という食べ方を身につけていました。日本に帰国して、蕎麦屋で思い切り音を立てて麺をすする中高年男性の姿を目の当たりにしたときの衝撃は今でも忘れられません。このように、<異文化>と<自文化>との境界を揺さぶり、両者を行ったり来たりすることができるのは、文化人類学という学問の大きな魅力だと思います。

現代社会学部ってどんなとこ?

きわめて自由なところです。大学らしいと言ってよいかもしれません。そして、教職員も学生も、皆さん明るく、気さくです。私は早くも現代社会学部のこうした雰囲気に居心地の良さを覚え始めました。また、現代社会学部は、「何もない」と言われがちな豊田キャンパスにありますが、毎日の通勤中、最寄駅と大学との間に広がる水田、小川のせせらぎ、暮れゆく夕日についつい見とれてうっとりしています。

文化人類学との出会いは?

高校生のときに、進路室に山積みにされた大学案内の類を手に取り、パラパラと流し読みしていたときのことです。顔はひげに覆われた、上半身裸の大柄の男性が、トンガかどこかの島で豚を丸焼きにしている写真が私の目に留まりました。よく見ると、それは現地の人ではなく、日本の大学の一教員のフィールドワーク中の写真でした。そのときに「これだ!」と胸を躍らせたことを、今でも鮮明に記憶しています。当時の私はまだ「文化人類学」という学問の名前さえよく知りませんでしたが、漠然と、世界中のさまざまな地域の人びとの暮らしを学んでみたいという希望だけは持っていました。そんな私にとって、この写真との出会いは、まさに文化人類学との出会いでした。

最後に一言!

高校生のみなさんへ

周囲とは異なる、変わった考えをもつことを恐れないでください。少々尖がっているくらいに、しっかりした自分の考えを持ちましょう。しかし同時に、なぜ自分はそう考えるのか?なぜ自分と周囲とは異なるのか?を冷静かつ柔軟な視点で見てみましょう。そうすれば、自分の殻から抜け出し、より広い世界へと一歩を踏み出すことができますよ。

在学生のみなさんへ

バイト、サークル、恋愛などから得られることもたくさんあるでしょうし、それらの合間を縫って授業に出て単位を揃えれば、大学を卒業することもそう難しくはないでしょう。しかし、たっぷりある時間を使って、自分の本当にやりたいことは何か?という問いにとことん向き合い、いろんなことに挑戦してほしいと思います。ときには困難を伴うかもしれませんが、それを乗り越える過程では、自分自身の成長をたしかに掴みとることができるはずです。それは、誰かに与えられた目標に従って課題をこなすだけでは決して得ることのできない喜びや楽しみとなるはずです。自分自身の可能性を信じて、より広い世界へ羽ばたいて下さい。